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「コンプレックス」は強い
JUGEMテーマ:人生論

「コンプレックス」は強い。

2013年はそう思うことが多かった1年でした。



"コンプレックス"を国語辞典で調べると、こんな意味でした。

【コンプレックス】「自分他より劣っているいう感情劣等感。」



劣等感があるからこそ、どうにかやり過ごしたいと思う人がいる反面、
どうにかそこを補える力が欲しいと思う人もいるのでしょう。

下に書いた方々は、もともとのお友達だったり、2013年に出会った方です。上で言う後者の方々です。


・格闘技でむちゃくちゃ強い選手だけど、幼少期にいじめられていた方。

・成績はほとんどSだけど、中退した経験のある方。

・Facebookでもお友達が800人近くいるけど、7、8年前までは友達がほとんどいなかった方。

・キャラが濃くて、初めて会った人にも顔と名前を覚えられるけど、幼少期から存在感のなさを感じていた方。



きっと本人達にとって、今に引きずるほど強い経験だったのでしょう。

ちなみに私は、一番最後の書かれている「キャラが濃くて、初めて会った人にも顔と名前を覚えられるけど、
幼少期から存在感のなさを感じていた方」です。

小学校の頃から感じていました。
私が今すっと消えても、きっと誰も気がつかないんじゃないかって。
家族はもちろん気がついてくれるけど、友達は気がつかないんだろうって。

本当にそうかなぁと思い、商店街を友達5人で歩いていたときに靴ひもを結ぶ振りをして立ち止まり、
5人の輪から外れました。

「誰か振り向いてくれるかな」

そう思ったけど、誰も気がつきませんでした。


中学生になると、その気持ちはより強くなりました。

母と買い物に行くと、いつも母だけ店員に顔を覚えられていました。
もちろんお金を払うのは母だから仕方がないと思いますが、中学生の私にとっては関係なかったんですね。

モデルのようないでたちの母は、声を発さなくても、1度行ったお店でも、顔を覚えられていました。
私は母とあまり似てないから。
自分が美人でいないということはすぐに気がつきました。


それでも私という人間を覚えてもらいたいんですね。強く思いました。

母にあって、母にないものは何だろう。考えました。

それは「話す」ということでした。

顔や形は変えられないけど、それ以外で変えられるところは何だろう。考えました。

それは「キャラを変える」ということでした。


高校生になると、一人でお店へ行き、店員と話す練習をするようになりました。​
楽しい人だと思われなければ、きっと覚えてもらえないから。
1年近く同じお店へ通って、顔と名前を覚えてもらえるようにしました。

その積み重ねで、今があるのかなと思います。


何かが欠けていることに打ち拉がれて、
欠けているモノに対して強い感情が沸き、
それを補うために試行錯誤し、
その1つに対して何よりも努力をする。

「コンプレックス」には、人をそうさせる力があると感じます。

「コンプレックス」は強い。


 
posted by 若菜 | 13:51 | 日記 〜 les journals et les photos du japon〜 | comments(0) | trackbacks(0) |
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